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--東京。
東京も連日の猛暑でアスファルトから湯気が立ち上っている。
それでも名古屋の蒸し暑さと比べれば、まだましと言うものだ。
白い日傘、帽子、手袋・・・と全身白尽くめの名取が白いハンカチで汗を拭きながらとある建物へやってきて、呼び鈴を鳴らした。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
扉を開けた執事が名取を出迎える。
「日傘とお帽子をこちらへ。外はお暑うございましたでしょう?すぐに冷たいものをご用意いたします」
名取から日傘と帽子を受取ると、藤村という名札をつけた執事が、奥のテーブルへと案内する。
「ありがとう。ところで、今日は高橋は?」
「ただいま呼んで参ります。少々お待ちくださいませ」
慣れた様子で藤村に高橋を呼びに行かせる名取。
まもなく、アイスティーを持って別の執事がやってきた。
「お呼びでしょうか、お嬢様?」
「あなたが・・・高橋、和興さん?」
和興がアイスティーを名取の前にセッティングして「はい。お忘れにおなりですか?」と微笑む。
その笑顔はこの世のものとは思えぬほど美しく、名取は一目で和興を気に入ってしまう。
ここは執事喫茶・Glasses。
役者の高橋和興は、稽古のない時にこの店を手伝っていると言うことを調べ、名取はわざわざ名古屋からやってきたのだ。
「お嬢様?」
和興の美しさに見とれていた名取は、和興に呼ばれて我に返る。
「あ、あ、あの、あなた、さくらさんって知ってるわよね?」
「さくらさん?名古屋の方でらっしゃいますか?」
「えぇ、そうよ」
「はい。存じていますよ」
「あなたとは、どんな関係なの?」
「お嬢様、いかがなされたのです?わたくしの事などお聞きになられても面白くはございませんよ」
「さくらさん、殺されたのよ」
「え!?」
名取の言葉に、初めて和興の顔に動揺が走った。
「さくらさんが・・・?」
「えぇ。それで、話を聞きたくてここまで来たの。どこかで話せないかしら?」
「それでは・・・本日は16:00までこちらにおりますので、その後でもよろしいでしょうか?向かいのビルの1階に喫茶店がございますので、そちらではいかがでしょう?」
「分かったわ。それじゃ、16:00に」
「かしこまりました」
深々と礼をして立ち去る和興の後姿をうっとりと見つめる名取。
こうしてまた一人、高橋和興ファンが増えるのだった・・・
「お待たせしてしまって、すみません」
ジーパンに白いシャツと言うラフな恰好でがらりと印象が変わった和興に名取は目が点。
「高橋、さん?」
「はい。あの・・・何か?」
「いえ、ごめんなさい。だいぶ印象が違うものだから」
「あぁ、執事の衣装の時は、言葉遣いも違いますしね。あの恰好のままの方がよかったですか?」
「ううん。ラフなのもステキよ。こっちの方が若く見えるし」
和興の言葉に大きく首を振る名取。
「ありがとうございます。・・・ところで、さくらさんが殺されたって・・・」
「あぁ、そうなの。昨日、自宅でね。彼女とは、どういう関係なの?」
「関係って・・・昔から僕を応援してくれているんです。僕は役者と言っても、ずっと映像の仕事だったので直接ファンの方と会う機会は少なかったんですが、最近は舞台にも出るようになりまして。それを知ったさくらさんが先日の舞台を見に来てくれて、初めてお会いしたんです」
「それまでは一度もあったことはなかったの?」
「えぇ。手紙をくれたりしてたので、彼女のことを知ってはいたんですが、会ったのはその時が初めてです」
「それじゃ、その後は?」
「実は、それっきり。彼女、名古屋でしょう?僕の舞台がまだ先なので、上京することもないですしね。インターネット上に僕を応援するHPを開いてくれているので、そこへコメントするくらいです」
「メールのやり取りはしないの?」
「彼女、時間とか気にするんですよね。僕はいつでもメールしてもらって構わないんですけど。それで、なんとなく直接のやり取りはしなくなっちゃいましたね」
「そう・・・」
徐々に和興の美しさに慣れた名取の頭が回転し始めた。
と、そこへ船越と若手刑事がやってきた。
「高橋和興さん、ちょっと訊きたいことがあるので署までご同行願いましょう」
有無を言わさず、両脇から和興を立たせる船越と若手刑事。
「ちょ、ちょっと何やってんのよ!」
「一般人はどいて、どいて」
「一般人って!」
憤慨する名取を退け、和興を連れて行く船越。
和興は名取を振り返り、軽く頭を下げて連れられていくのだった。
「んもうっ!あのバカ刑事!!」
「ちょっと!なんで高橋さんを連れてくのよ!!」
銀座中央署で船越に食って掛かる名取。
「ちょっと、落ち着いてくださいよ。ここは名古屋じゃないんですからね。皆さんにご迷惑がかかるでしょう?」
「迷惑ならこっちがしてるわよ!いいから高橋さんを出しなさいよ!」
「だから、落ち着いてくださいって。大体、最初に高橋和興を逮捕しろ、犯人だって言ったのは先生でしょう?」
船越に指摘され、言葉に詰まる名取。
「む・・・そ、それはそうだけど・・・でも、ダイイング・メッセージなんて2時間ドラマや推理小説じゃあるまいし、本当にあるわけないじゃない!」
「おやおや、だいぶ昨日とはご意見が違うようで」
「う、うるさいわね。人間、日々成長してるんだから、考え方も変わるわよ」
「できれば、捜査に首を突っ込む癖も変えていただきたいものですな」
にやにやと意地の悪い船越に名取がキレる。
「あなた達が私の話を聞かないからでしょう!?」
バンッ!
船越がこぶしで机をたたき、真顔で名取をにらむ。
「警察には警察のやり方がある。裏を取った上で、高橋にも話を聞く必要があるかどうかを判断したんだ。あんたは監察医。警察の仕事は俺達に任せて、監察医は監察医の仕事だけしてればいいんだ。俺達の職場に土足で入ってこないでくれ」
船越の真剣な表情に、名取もそれ以上何も言えない。
「・・・裏って?」
ようやく搾り出したのは、謝罪の言葉ではなかった。
先生らしいな、と鼻で笑った船越が名取の疑問に答える。
「この前の舞台、ガイシャは高橋の入り待ち、出待ち、挙句に楽屋にまで直接差し入れを持って行ってるんだ。初観劇者がやることではないよな。しかも、メールアドレスも、その暴挙に共演者が迷惑しているってんで、ガイシャをなだめるために高橋がしぶしぶ教えたものらしい」
「高橋さんは迷惑してたって言うの?」
「ま、状況から判断するに。だからその辺りを含めて、本人に確認を取っているってわけだ」
お分かり?と、首をかしげる船越。
自分の持つ高橋の印象と違う話に考え込む名取。
「さ、後は俺らに任せて、先生は先に名古屋へ帰っていてください」
船越に促され、名取は銀座中央署を後にするのだった・・・