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夏休みも後半になり、「あ~、昔はこれくらいになると『そろそろ宿題やらなきゃなぁ』と思っていたなぁ」なんて思い出す。
昨日の皆既月食は、自由研究がまだだった小中学生には格好のネタだったに違いない。
ところでその皆既月食。
怪奇月食だと思っていたのは私だけだろうか?
「カイキゲッショク?・・・『怪奇!月が食われる!!』で『怪奇月食』???」と。
なんとなく、江戸川乱歩っぽい世界を想像して背筋が寒くなったものだけれど、そんなお話があっても面白い。
昼間の暑さが残る、蒸し暑い夜。
人気のなくなった住宅街を自宅へ急ぐ女性がひとり。
通い慣れた道なのに、なんだかいつもより暗い感じがして少し気味が悪い。
自然に早足になるけれど、粘つく空気が足を絡めてなかなか前に進まず、かえって気ばかりが焦る。
「きゃっ」
いつの間にいたのか、目の前に黒い人影をみとめて思わず声を上げる女性。
黒尽くめのその人影がモノも言わずにゆっくりと彼女に覆いかぶさる。
彼女が最後に目にしたのは、薄赤い月の影だった・・・
「『皆既月食の夜、吸血鬼現れる』ぅ??」
朝食のトーストをかじりながら新聞を読んでいた探偵・高橋和興が素っ頓狂な声を上げた。
「先生、ちゃんと口の中の物を食べちゃってから喋ってくださいよ」
まったくもう、とお手伝いのあき竹城が和興の座っている机の上を台ふきんで拭く。
「あきさん、今朝、新聞読んだ?いまどき吸血鬼だよ、吸血鬼!」
あきの注意もなんのその、和興は興奮しっぱなしだ。
「はいはい、先生、珍しゅうございますね。でもね、吸血鬼なんて、本当にいるわけございませんよ。それより、さっさと朝食を食べちゃってくださいな」
あきにはさらりとかわされたが、和興の頭の中は吸血鬼でいっぱい。
ついには、自分の目で確かめに行く・・・
幾番目かの夜。
やはり昼間の熱気がそのまま残る、じっとしていてもじっとりと汗が流れる蒸し暑い夜だった。
公園の茂みに隠れるように吸血鬼を探していた和興は、茂みの向こうの歩道を足早に歩く女性を見つける。
「夜の一人歩きなんて危ないなぁ」
和興がボディーガードを買って出ようとしたその時、女性が小さく悲鳴を上げた。
「誰!?」
「僕は探偵をしている和興と申します。決して怪しいものでは・・・」
女性の問いかけに和興は答えようとしたが、どうやら女性は自分に話しかけたのではなかったようだ。
その証拠に、和興には背を向けている。
彼女の目の前には背の高い、黒尽くめの人影があった。
「・・・吸血鬼!?」
茂みをがさがさと言わせながら歩道に出る和興。
その物音に、人影が和興の方を向く。
薄暗くてよく見えない相手に向かって、和興が話しかける。
「美しい女性をエスコートするにはちょっと強引過ぎないかい?いきなり抱きつかずに、まずは片膝をついて手を差し出し・・・」
手振り身振りを交えて説明しながら人影に近づいた和興が、隠し持っていた懐中電灯で相手の顔を照らす。
「・・・お、俺!?」
懐中電灯の光に浮かび上がったその顔は、和興そのものだった!
光に驚いたのか、女性を和興の方へ突き飛ばし、踵を返すもう一人の和興。
和興はあまりのことに、突き飛ばされた女性を受け止めるのに精一杯だった。
「じゃぁ、吸血鬼は先生だったんですか?」
事務所の掃除をしながらあきが相槌を打つ。
「いや、俺じゃないって!俺にそっくりだったってだけで」
「同じ顔してたんでしょ?じゃぁ、先生が吸血鬼みたいなもんじゃないですか」
「そうか?・・・いや、違うでしょ!」
あきのとんでもない理屈に納得しかける和興。
「それで、その女性はどうなさったんです?」
「入院してるよ。ショックで意識を失っちゃったからね、病院に運んだんだ」
「じゃぁ、まだ先生は捕まらないんですね。捕まる前に今月のお給料、ちゃんと支払ってくださいね」
「だぁかぁらぁ!俺じゃないってば!」
どうもあきとの会話は調子が狂う。
しかし、その後、吸血鬼騒動はすっかり収まり、結局、あれがなんだったのか、誰も知ることはできなかった。
ただ・・・和興は、あの皆既月食の晩に見た自分そっくりの吸血鬼が、なんだか自分の中から生まれ出たもののような気がして、奇妙な感覚にその後しばらく悩まされることになるのだった・・・